ウオロェデョイ埠頭

lo vrici selciska be la .xopukas.

吸着音のやたら多い抱合語 Qþyn|gài の紹介

 Qþyn|gài *1 は Henrik Theiling 氏による人工言語です。

 私はこの言語が結構好きで、2年ほど前からたまに公式サイトを見てニコニコしています(しかし一向に話せるようになる気配がない)。いつか皆さんに紹介したいと思っていたところなので、今日のこの記事で紹介して、学習者を増やします。

 私が学習している人工言語の中では多分唯一の抱合語です。人工言語で抱合語ってあんまり見ないし楽しそうでしょ?

 今日の記事ではこれをざっと紹介して、文法書の見どころを語ろうと思います。私自身はただの学習者です。間違ってるかもしれません。どうか指摘してください。

 さて、Qþyn|gài の特徴を挙げてみましょう:

  • 非架空の芸術言語、あるいは個人言語
  • 抱合語・複統合的言語(動詞の中に、目的語をはじめとするいろんな要素が接辞として入って来る)
  • 形態式のそれぞれの部分を語根や接辞で埋めることで語が作られる
  • 吸着音が多い
  • 唇音が無い
  • 音節構造は CV+
  • 声調がある
  • 流動S型活格言語
  • 基本的な語順は VOS(ただし V の中に O, S の片方あるいは両方を抱合して1語で表すこともできる)

 うすうす気づいた方もいらっしゃると思いますが、実際の雰囲気もイスクイルにかなり近いんですよね。「形態式のそれぞれの部分を語根や接辞で埋める」とか slot のあれじゃねえかと。そう。実際イスクイルに似たところは結構あります。

 ただ、根本的な思想はだいぶ違うんですよね。見た目(特に形態論)がたまたま似てしまったというか。収斂進化ってやつかな?

Syrquqlaruhàukài.

Do not ingest yellow snow!
(黄色い雪を食べるな!)

 ……これが1語で言えるんですか。怖いですね。一体何が起こっているんだ?

 この例文のページは全てグロスを付けてくれています。*2 ざっと和訳すると

  • s- (命令)
  • -y- (述語格)
  • -rq-qla- 「摂取する」
  • -u- (被動作主が動詞に抱合され、動作主は取り得るが表れないことを示す)
  • -ru- (否定)
  • hàu 「雪」(被動者)
  • kài 「黄色い」

 う、うわ~~~~!!となったところで、音韻から見ていきましょう。

音韻

子音

 Phonotactics のページ のトップに子音の一覧が出ています。この言語ではここに書かれている形でしか子音列が出てこず、音節は全て CV の形なので、割と楽です。

 それにしても癖が強いですねこれ…… alveolar(歯茎音)、velar(軟口蓋音)、uvular(口蓋垂音)、pharyngeal(咽頭音)、glottal(声門音) って。ほとんど k とそれより奥じゃん。しかも唇音(pとかmとか)が無いし。

 で、子音列40種のうち吸着音を含むものが16個……。がんばりましょう。

母音

 母音は割と楽です。a[ä], i[i], u[ɯ], y[ə]。

 4つしか無いので割と許容範囲が広く、狭母音 i, u は軟口蓋音・口蓋垂音の前後でそれぞれ [e], [o] に変化しうるようです。

 u が非円唇ということは、この言語には円唇母音が無いってことになります。(……「いくつかの方言では円唇の [u] や [o] を持つ」とも書かれてますね。方言があるのかな?方言とは……??)

 あとは ai, au, ui, iu。全て下降二重母音です。子音に [w] とか [j] が無いので混乱は起きなさそうで安心。

 識別される声調には 平(3)、昇(24)、降(42) の3つがあります。
 昇は á のようにアキュート・アクセントで、降は à のようにグレイヴ・アクセントで、平は何も付けないことで表します。

Hidden Hybrid Phonemes (?)

 周辺の音素に影響(無声化とか咽頭化とか)を及ぼす Hidden Hybrid Phoneme なるものが6種類あり、上付きの 子音/母音 の形で表されます。

 これはテキストを見て実際の作用のしかたを探るしかなさそう。テキストの例文のところでは Hidden Hybrid Phonemes が何らかの作用を及ぼした結果の音が書かれていますが、グロスではその前の段階で書かれているので、それを見比べれば作用のしかたが分かりそう。

 何だこの複雑さは……架空言語?

Sandhi (変調)

 直前の音節によって発音されかたが変わります。中国語普通話で第三声が連続した時みたいなアレですね。あとは Hidden Hybrid Phonemes によっても色々なるようですが、こちらも原典では詳しく説明されていません ; ;

強勢

 どの単語も最後の音節に強勢が置かれます。Qþyn|gài において強勢は、母音が少し長く発音され、声調による高さの変化の幅も大きくなる、ということで表されます。……それって強勢なんだろうか?なんかイメージしてた強勢と違う……(👈️いろんな言語に洗脳されている)

単語の作り方

語根(root)

 単語の内容的な意味を担う最小のパーツは語根です。

 これは -C₁-C₂- の形をしています。*3

 最初の C₁ は、所属する クラス (語根を意味で大きく分類したもの)を表します。クラスには例えば -s-「有生物」、-n-「感覚」、-|k-「文化」などがあります。

 2つ目の C₂ は、そのクラスの中のどの意味かを表します。

 例えば  -s-「有生物」クラスと -n|- を合わせると -s-n|-「人」となります。

語幹(stem)

 語根の後ろに母音*4を付けることで、語根の意味がさらに細分化されます。例えば先ほどの -s-n|-「人」から s–n|ái「子供」、s–n|ù「誰か」などが生まれます。

形態式

 ようやく形態式の出番です。

 品詞には 動詞 と 名詞 があり、それぞれ形態式が少し異なります。

  • 動詞の形態式:
     Cm/e Vcase Cclass Vval CVstem+affixes  (P)  (A) 
  • 名詞の形態式:
     Cclass Vcase CVstem Affixes

 P, A というのは Patient(被動作主), Agent(動作主) のことです。

 各パーツ(とついでに屈折素性) を説明します。

  • Cm/e: mood(法) または evidence(証拠性) を表す子音です。
  • Vcase:case(格) を表す母音です。*5
  • Cclass: class(語根が含まれるクラス)を表す子音です。
  • Vval  :Valence(結合価) などを表す母音です。述語がいくつの項を取るかの他に、それらの項が抱合されるのか後に語として置かれるのかなども表します。
  • CVstem:語幹(stem)です。単語の中核として内容的な意味を表します。
  • affixes:CV の形をしています。動詞を派生させたり描写を追加したりするのに使う汎用的な接辞です。イスクイルの VxC みたいなイメージ。
  • P, A: 被動作主・動作主が抱合される場合はその stem+affixes がここに入ります。

 あと、この形態式が絶対じゃなくて、1つの意味を表す接辞が2箇所に分裂して入ったり、例の Hidden Hybrid Phonemes によって接辞の境界が溶けたりして不規則な様相を呈しています。落ち着いて受け入れましょう*6

例文を解読してみよう

 原典の構成に沿って接辞の解説を全部和訳していると日がn回暮れてしまうので、今回はいきなり公式の文の解読をして、使うところだけ解説していきます。まあなんとかなるでしょう。

 Example for clause composition の下から2番目の文、

ngysán|au xysty

Looking at myself -- I am a human.

 を解読してみましょう。

 語順は VOS なので、最初の語 ngysán|au は動詞であるはずです。動詞の形態式に当てはめてみると

  • ng- : Cm/e
  • -y- : Vcase
  • -s- : Cclass
  • -á- : Vval 
  • -n|au- : CVstem

 これで役割が明らかになったので、それぞれの部品の意味を表から探していきましょう。

  • ng- は Cm/e すなわち mood(法)/evidence(証拠性) を表す接辞。
    Evidence and Mood の説明によると、ng- は evidence のうちの perception(知覚)、要するに「自分の観察や知覚に基づく」ことを表す。
  • -y- は Vcase すなわち case(格) を表す接辞。
    Case の説明によると、-y- は Predicative(PRD, 述語格) を表す。この格は主文の述語のほか、抱合される P, A に使われる。
  • -s-, -n|au- については Lexicon ページで stem を探す。この時 `s–n|au` とページ内検索に打ちこもう。*7  s-n|au で "person"「人」を表すことがわかる。
  • -á- は Vval 。valence の説明によると、-á- が表しているのは "P+"。 

 「valence が "P+" である」とはどういうことかがよく分かりませんね。実はここが Qþyn|gài の非常に(一番?)面白いところです。

 一般的に言語学でいう valence は、動詞がいくつの項を取るかを表します。自動詞なら1、他動詞なら2。0とか3っていうのも言語によってはあります。

 Qþyn|gài の Vval はそれよりも「動詞が P, A を取り得るか取り得ないか、取り得るならばどのように文の中で表示されるか」を表しているといえます。

 例えば動詞が P だけを取り得る場合のなかには、"P." (取り得るが表示されない)、"P+"(動詞の中に抱合される)、"P+" (動詞の後に単独で語として現れる) があります。そして、Aにも同様のバリエーションがあります。

 これらの組み合わせで、他動詞(P, A の両方を取り得る語) の Vval の種類は多様になります。例えば "P.,A."(P, A の両方とも取り得るが表示されない) とか "A*,P+"(A は抱合され P は語として現れる) とか。

 例えば、日本語ベースで喩えてみると、Qþyn|gài では

  • 食べる[P+,A+] リンゴ 私
  • 食べる[P*,A*]-リンゴ-私
  • 食べる[A*,P+]-私 リンゴ
  • 食べる[A+,P+] 私 リンゴ *8

 のように「私はリンゴを食べる。」を複数の方法で表すことができます。多分これらが母語話者しかわからんようなニュアンスで使い分けられるのでしょう……

 ……元の例文 "ngysán|au xysty" に戻りましょう。

 動詞 ngysán|au の Vval が表す情報は "P+"(P だけが単独で語として現れる) です。となると、後に続く "xysty" はその Patient を示す名詞であるはずですね? というわけで xysty も分解しましょう。

  • -x- : Cclass → class: "meta"
  • -y- : Vcase → case: PRD
  • -sty- : CVstem →  -x-sty- "1"「1人称」

 「私」という意味になりました。格は先ほどのと同じ PRD ですが、意味役割としては Patient です。

 Agent, Patient にあたる場合は格が動詞の valence で示されるので、特に格変化させたりする必要が無い、ということなんでしょうね。なんかここらへんもイスクイルの Oblique 格に近いノリを感じませんか?

 ちなみに、"ngysán|au xysty" の下にある "ngysùn|austy" も同様の意味になりますが、こちらでは Vval -ùn/a- が "P*"(Pが抱合される) を表しています。

 これに呼応して、Patient である "xysty" は動詞に抱合されて "-sty" となります。

 あれ? xy- 部分はどこ行ったん?

 消えました。

 この言語、抱合されるときは Cclass が消えて、CVstem だけで語幹の情報を担うことになります! 1ビットも情報を逃すまい、SSMしか勝たん、という工学言語民の皆さんはここでそこそこ不安を感じるのではないでしょうか? Cclass だけが異なるような語幹があったら大いに混乱しそうだよね。大丈夫なのかな……

その他

 たくさん面白い要素があるのですが紹介しきれないので、個人的に面白いと思った3点を挙げておきます。

格

 普通に Genitive とか Dative とかがあります。さらに Benefactive と Malefactive もあるので動作によって利益を被る者とかも表せたり、かなり便利だなという印象があります。

 あと、同じ格を spatial(時間的)・temporal(空間的)・notional(観念的) に使えます。これはかなり日本語の「から」も似た働きをしますね。「家から(spatial) 出る」「今から(temporal) 始める」「雨だから(notional) 傘を持っていく」みたいな。これは自然言語っぽくて好きです。*9

度数

 いろんなものにくっつけて「少し」「平均的に」「全く~ない」みたいに量を表したり対義語を作ったりする事ができます。fine-grained degree の方は9個あります*10

単語が長い!!!

 Texts の例文を見てると余裕で20音素を超える語が出てきてビビりがち。人工言語の長い単語をぽなとする皆さんは Texts を眺めてぽなぽなしましょう。

 ロジバンとかイスクイルも、使う流派ナシンによってはめっちゃ長い単語が頻繁に出てくるんですが、平均するとこっちの方がずっと長いです。流石に kay(f)bop(t) よりは短いかな?

 まあ抱合語ってこんなものなのかもしれませんね。単語が長いから難しいってわけでもないし(Qþyn|gài の場合は他に難しくする要素がたくさんある)

 この言語の場合は架空言語のケが少しあって、背景にある文化とか母語話者の感覚が全くわからないので使える気がしないんですが、辞書ページを開きながら読む分には割となんとかなる気がします。長い単語を自力で分解して意味を理解できた時の楽しさも pona tawa mi。

おわりに

 そういえば、こんな日本語圏の誰も言及してない言語をどこで知ったんや、となると、(記憶が定かではありませんが) おそらくイスクイルの公式サイトからです。かつてイスクイルに情熱を燃やしていた私は、公式サイトのアーカイブを見漁り、2018年以前に存在する(今は削除済みか非公開の) Links of Interest ページでたまたま Qþyn|gài を見つけました。

 あと実は Henrik Theiling 氏も LCC4 でイスクイルに触れていたりするので、この2言語は、作者が公式の場で互いに言及し合っている(しかも国境を超えている)数少ない例となるかもしれません。熱いですね。

 これからの時期は(融合文脈的アマルガマティヴな意味で)寒くなりますが、みなさんは人工言語学習の情熱の炎を絶やさず熱くお過ごしください。ではまた~

 

 この記事は《苔むしたバベルの塔》Advent Calendar 2024 の 12/6 の記事として書かれました。ほかの記事も見てね

adventar.org

*1:私は仮の日本語表記として「クスンツガイ語」と言い、漢字略称として「樟語」を提案しています

*2:親切だ…… ; ;

*3:語根が子音列2つからなるのはイスクイル1を彷彿としますね?

*4:この母音はイスクイルで言うと Vr とかに当たるのでしょうけど、こちらにはイスクイルで言うところの Pattern や Stem にあたるシステムが無いので、語根ごとに異なる派生をします。ぐへ

*5:原文では何故かドイツ語で kasus と書かれていますが意味は「格」で変わりありません

*6:私は受け入れられませんでした!

*7:– (ダッシュ) の代わりに - (アスキーハイフン) を使うとヒットしないので注意!

*8:倒置。この場合だけ A, P の順になる

*9:ロジバンもイスクイルも時間と場所の格を区別するので「え?そこ区別しないの?」みたいな反応をしてしまったけど、良く考えたら区別しない言語の方が多そう。トキポナもしない

*10:degree が9個……何かを思い出さずにはいられない!

純正音程記譜法 Color Notation をざっくり解説

※ この記事は Color notation - Xenharmonic Wiki を原典としています。

※ 12平均律の音楽理論の基本的な用語に加えて,微分音のための ¢ や倍音などの基礎的な概念を前提知識としています。

Color Notation って何?

 Color Notation は Kite Giedraitis によって開発された音程の表現法のひとつで,以下の特徴を持ちます: 

  • 既存の度数の体系を拡張したもの。
  • 基本ラテン文字しか使わないので、見やすく打ちやすい。
  • 純正音程を指す。音名やコード名にも応用できる。
  • 発音できる。(Colorspeak, "微分音のエスペラント"らしい)

 Color Notation では,音程は zogu 2nd とか trizo-agugu 3rd のように書かれます。Xenharmonic Wiki を訪れたことがある方はこの表記を見たことがあるのではないでしょうか。

 "zogu", "trizo-agugu" は「色部分」です(そう呼ぶことにします)。ここで音程に含まれる素数成分を記述しています。

 "2nd", "3rd" は「度数部分」です。従来の音楽理論で用いられる度数表記と同様に,英語で読みます。日本語で「2度」「3度」としてもいいですね。

 この「色部分」「度数部分」を合わせて書くことで,純正音程ひとつを明確に指定することができます。Color Notation による音程名を color name と呼びます。この記事では翻訳借用で「色名」とします。

 発音に関しては母音は i, e, a, o, u (どれもIPA通り) の5母音で,子音はあまり説明がないけど英語のつもりで読めばよさそうです。

音程の表し方

素数ごとの「色」と子音

 小さめの素数には,色に由来する子音が割り当てられます。

 これをわかりやすく素数子音と呼ぶことにしましょう。

 2 は…… オクターブ等価のおかげで影が薄いので飛ばします。(color notation はオクターブ等価を前提としているので,この文書では気軽に「3倍音は5度」みたいな言い方をしていきます。)

 素数 3 には,over(上方、分子)・under(下方、分母) にかかわらず 白 wa (<white) を当てます。度数はおなじみ「5度」です。

3-all     = wa = 白 white = (完全)5度

 素数 5, 7 は over・under によって色が異なります。over は母音が o,underは u です。7-over を b(blue) としてしまうと♭と紛らわしいので azure にしているようですね。度数を扱う時には,5倍音は3度,7倍音は7度とします。

5-over   = yo = 黄 yellow = (長)3度

5-under = gu = 緑 green = (短)6度

7-over   = zo = 青 azure = (超短)7度

7-under = ru = 赤 red = (超長)2度

 超短,短,長,超長 が 青→緑→黄→赤 の順になっているの,いいですね!

 3倍成分の wa は 3-limit 以下の音程で(=5以上の素数成分が含まれない時のみ) 現れ,それ以外の時は省略されます。yo と zo など複数の成分が表記される時は,大きな素数が先に来ます (例えば yozo ではなく zoyo)。

 「度数」部分は基本的に英語の序数詞を使います (公式の例では 1度は unison,8度は octave と書いています)。

 例えば 21/20 は zo(7-over) gu(5-under),7度上の5度上の3度下のオクターブ下=2度なので,色名は zogu 2nd となります。もっと略すと zg2。

重複を避けるための magnitude

 さて、これだけでは名称が重複するものが出てきてしまいます。

 例えばピタゴラス音律の長3度(81/64) と 短3度(32/27) を見てみましょう。どちらも 3-limit の 3度 なので「w3」になってしまいます。

 この区別のために magnitude という指標を設けます。

 名称が重複するもののうち,最も原点の w1(1/1) に近いもの(雑に言うと最も周波数比が単純なもの) を Central と呼び,color name の上では無標にします。Central であるとき,magnitude = 0 であるとします。

 それを基準として,Tonnetz 上で1段階右に来るごとに magnitude が1増え,色名には la-/L-(<large) が1つ付けられます。Central より左側では,1段階ごとに magnitude が1減少し,sa-/s-(<small) が1つ付けられます。

 w1 から見ると 32/27 のほうが 81/64 より近いので,32/27 が w3(Central) となり,81/64 はそれより1段階右側なので Lw3(large) となります。*1

magnitude の計算方法

 「w1 から遠い」という漠然とした言い方をしましたが,厳密には magnitude は以下のように計算されます:

  magnitude は,monzo の3倍音以上の指数の和を7で割ってから 四捨五入で整数に(round)した値。

 先ほどの長3度(81/64) と 短3度(32/27) の magnitude を計算してみると

  • magnitude(81/64) = magnitude(|-6 4>) = round(4/7) = 1
  • magnitude(32/27) = magnitude(|5 -3>) = round(-3/7) = 0

 となります。

指数接辞 bi-, tri-

 倍音成分を2乗,3乗にするとき,gugu や zozozo のように連ねても書けますが,bi-(2), tri-(3) を使って短くすることもできます。4重以上の large/small については後述します。略記のときは累乗のように上付き数字で書けます。

  • 49/25 = zozogugu 9th = bizogu 9th 
  • 128/125 = gugugu 2nd = trigu 2nd = g³2

 ただし,bi- はそれを使うことで全体が短くなるときしか使いません。25/16 は yoyo 5th。biyo 5th としても短くならないので意味がないのですね。

 これらの指数接辞は la, sa の前にも付けられます。

「負の度数」

 音程自体が正でも,度数が負になる場合があります。50/49, 405/392 などが負の2度 (negative 2nd) です。日本語では「2度下がる」と言ったほうが分かりやすそう。

複合音程

 color notation ではオクターブ単位で広げられた音程を複合(compound)音程といい,co- (略記で c) と表します。発音は多分 [ko] でしょう(記述が見つからないけど)。

 逆に,co- を含まない色名は必ず1オクターブ未満の音程を表します。

 例えば 15/4 は 15/7(=yo 7th) の1オクターブ上なので coyo 7th と書きます。一般に 9th は co-2nd *2となります。

 yo や la, sa などと同様に co- にも指数接頭辞を付けることができます。bico- で 2オクターブ上,trico- で3オクターブ上になります。

音名の表し方

 これまでに出てきた音程名の規則に従って,度数のかわりに音高を使うと,color notation による音名を作れます。例: zEb (読み: zo E flat), yyG#(yoyo G sharp)

 3-limit 以下の音程の場合は wa が必要でしたが,音名の場合は wa も省略できます。wG は単純に G と書けます。

 音高に音程を足して音高を求めたり,音高から音高を引いて度数を求めたりもできます。例: 

  • D + y3 = yF
  • yE(5/4) と ryF#(10/7) の間の音程は r2(8/7)
素数グループの表し方

 素数 3 を表す wa と同様に,overの色名の母音を -a に変えた ya, za は over/under に関係なくその素数を示します。これを連ねることで素数の組み合わせを表せます。

 素数 2 は ca(<clear)。

 ca, wa はデフォルトで素数グループに含まれる。含まない時には no- で表す。素数グループ [2, 3, 7] は za,[2, 3, 5, 7] は yaza,[2, 5, 7] は yaza nowa。[3, 5, 7] は yaza nowa。[5, 7] は yaza nowaca。

 これを使うと「3, 5, 7 倍音を使えて 2 倍音を使えない音律」*3 のことを「yaza nowa 音律」みたいに短く言えます。これは便利!

11以上の素数子音

 11以上の素数成分は over/under で共通の子音を持ち,後続する母音が a, u, o と活用します。Ca(両方) - Co(over) - Cu(under) と活用する。20を超えるような大きい素数成分は C ではなく CVC だったりもっと長かったりします。

 la, lo, sa, no, nu はそれぞれ (階名の)la, (英語の)low, (small の)sa-, (素数グループ除外の)no-, (英語の)new と紛らわしいため,単独で使う場合には i- を付ける必要があります。

 color notation で扱えるすべての素数成分の呼び名を示します:

  • 2 = ca (素数グループを表す時に noca の形でのみ現れる)
  • 3 = wa (通常は省略する)
  • 5 = ya, yo, gu
  • 7 = za, zo, ru
  • 11 = (i)la, (i)lo, lu (1a, 1o, 1u)
  • 13 = tha, tho, thu (3a, 3o, 3u)
  • 17 = (i)sa, so, su (17a, 17o, 17u; これ以上の素数も同様)
  • 19 = na, (i)no, (i)nu
  • 23 = twetha, twetho, twethu
  • 29 = twena,  (以下すべて同様に -o, -u と変化する)
  • 31 = thiwa / 37 = thisa
  • 41 = fowa / 43 = fotha / 47 = fosa
  • 53 = fitha / 59 = fina / 61 = siwa
  • 71 = fitwewa / 73 = fitwetha / 79 = fitwena
  • 83 = fithitha / 89 = fithina / 97 = fifosa
  • 101 = fifiwa / 103 = fifitha / 107 = fifisa
  • 109 = fifina / 113 = fisitha / 127 = sisisa

 英語の数詞から来てるっぽいですね。70 以上は 50+20, 50+60, 60+60 のように分解できます。何でこんなことになってるのかは謎。

 127より上は定義されていないようです。*4

 各素数倍の音程に対応する度数は "8ve-reduced cents" (オクターブを除いた部分の音程の ¢ 表記) によって定まります。1度は 0~50¢,2度は 50~250¢,3度は 250~450¢,4度は 450~600¢。4度と5度の境が 600¢ にあり,5度以降は 600¢ で折り返して計算します。例えば 23/16 = 628¢ は5度,31/16 = 1145¢ は7度 となります。

 ちなみに,この度数は <7 11 16 20 24 26 29 30 32 34 37...] というふうに "pseudo-edomapping" することができます。なんだそれは? 後で詳しく説明します。

その他の指数接辞

 2(bi-), 3(tri-) より大きい指数にも略号があります。

  • 4 = quad-
  • 5 = quin-
  • 7 = sep-

 11以降の指数には,素数子音に -e を付けたもので表します。Ca, Cu, Co に続く第4の活用ですね。

  • 11 = le-
  • 13 = the-
  • 17 = se-
  • 19 = ne-
  • 23 = twethe-
  • 29 = twene-
  • ...

 4 の他は素数しかないじゃん! 6 とかはどうすんのさ!?

 そう……これも周波数比と同じく,素数の積で表せばいいのです。4 は小さくてよく使うので特別にショートカットとして quad- を用意してくれています。9乗は tritri-, 10乗は quinbi-, 14乗は sepbi-, 16乗は quadquad- となります。倍音子音と同様,倍数接辞も降順に並びます。

 指数表現は,デフォルトではそれに続く部分すべてに作用します。trizogu の tri- は zogu 部分 にかかるため z³g³ となります。

 指数の作用範囲を制限するためには分離符(delimiter) -a- を使います。trizo-agu は z³g になります。

 magnitude の話で出た la-, sa- の "a" もこの働きをすると解釈できるらしく(?)*5,trilayo は L³y³ ではなく L³y を表します。

ハイフンで区切る

 Color Notation は膠着語みたいに単語(?)が伸びるので,下記の箇所にハイフンを挟んで読みやすくする必要があります。

  • 分離符 -a- の前
  • magnitude を示す la-, sa- の後
  • compound を示す co- の後
  • 英語の数詞を代わりに用いる時にはその前と後

 ただし,1音節ごとに綺麗に分解できる(?)場合はハイフンを省略できるため,layo, lalagu, sagugu, coyo, cocowa はこの通りに書いて問題ありません。

 

 ここで記法の解説は終わります。

 実際に比の形と色名の形を変換する手順を見ていきます。

Color Notation を使ってみよう!

  周波数比をより簡単な比に分解したり,戻したりする操作は,色部分と度数部分をそれぞれ個別に足し合わせることでできます。例えば 45/32(=y4) は,5/4(=y3) と 9/8(=w2) の合成で作れます。w+y=y,3度+2度=4度 ですね。

 この例では登場する音程がどれも単純なので magnitude を使わずに済みました。しかし実際の使用では magnitude を考慮する必要があります。magnitude は,計算過程に四捨五入を含むので単純に足せず,毎回 monzo から計算する必要があります。

周波数比を色名に変換する

 色部分を決めるには,まず周波数比に対応する monzo を算出して,3より高い成分に対応する色名を高い方から順に書いていきます。

 度数部分はそれぞれの倍音ごとに定められた度数を (もちろん度数の加算のしかたに従って)足し合わせることで求まります。多分ここは12平均律の度数の扱いに慣れた人はなんとなくできてしまう所でしょう。

 度数を足し合わせる計算は以下のように説明されています:

  • val <7 11 16 20 24 26 29 30...] に音程の monzo を「掛ける」ことで step 数を出す。
  • step 数が0以上なら1を加え,0未満なら1を引く。

 んん??

 急に val が出てきましたね?

 「val と monzo を掛ける (というか内積を求める)」計算って,特定の平均律における純正音程の近似の step 数を求める時に使うやつですよね?

 この val,最初の2倍音の step 数が「7」ですね。これは7平均律の話?

 そう。"pseudo-edomapping" 云々はこのことを言っていました。「度数のあの独特の足し算,いちいち手でやるの面倒だから,7平均律の val と monzo の計算のしくみを借りてやろうぜ」ってことなんですね。*6

 実際に計算をやってみましょう。

【 例: 周波数比 63/40 を色名に変換する 】

  • monzo = [-3 2 -1 1>
  • 色名部分 = 7 → zo, 5-1 → gu を合わせて zogu
  • step 数 = <7 11 16 20][-3 2 -1 1> = -21+22-16+20 = 5 step
  • 度数 = 5+1 = 6
  • magnitude =  round( (2-1+1)/7) = 0 より Central, 無標

 以上より色名は zogu 6th (略式 zg6)

色名を周波数比に変換する

 こちらはやや複雑な計算が必要です。

  1. 前に述べた val <7 11 16 20 24 ... ] を定義しておく。
  2. 色名の度数部分からその sign を引くと,7音音律 edomapping における step 数 (これを S とする) が求まる。色名の magnitude を M とし,compound されたオクターブの数を C とする。音程の monzo を [a b c d e ...> とし,色名から読み取った5以上の素数の成分の指数を a, b 以外の要素に代入する。
  3. S' を [0 0 c d e ...> と val のドット積とし,M' を round ( (2(S-S')+c+d+e+...) / 7) としたとき,a = -3(S-S')-11(M-M')+C,b = 2(S-S')+7(M-M') となる。

 手順3で急に謎の式が出てきましたね??

 こちらも原典に実際の計算の例が載ってるのだけど,行間がデカすぎるので,逆張りして行間をめっちゃ解説します。

 多分ここからがこの記事の †本編† です。

【 例: 色名 sgg2 (sagugu 2nd) を周波数比に変換する 】

  • S = 2-1 = 1,  M = -1,  C = 0
    度数は2度。7平均律 val では s = 1 step。
    s- が1つあるので M(= magnitude) = -1 です。
    ca- が無いから,compound されていない,すなわち C = 0 と分かります。
  • Monzo = [a b -2 >
    素数成分 2, 3 の指数は色部分に反映されないのでまだ分かりません。
    これを仮に a, b と置いておきましょう。
    "gugu" から,素数成分 5 の指数は -2 です。
  • S' = <7 11 16][0 0 -2 > = -32
    今分かっている 5 以上の素数の成分だけで音程を作ると,-32 steps になるようです。
  • S - S' = 1 - (-32) = 33
    ここで「a, b (2倍と3倍の成分)だけで作った音程は 33 steps になる」という条件が見えました。これを 条件① としておきます。

 これから a, b を求めるために,便利な2つの音程をユニットとして活用します。

 1つ目は 音程 U = [-3 2> です。

 U を1個積むごとに,magnitude に影響する素因数(つまり3以上の素因数) の総数は 2 だけ増えます。また val と合わせて step 数を計算すると <7 11][-3 2> = 1 より,U は7平均律 val では 1 step 幅となります。

 U を33個積むと 33 steps となり,条件①を満たします。

 

 それから,「"sasagu 2nd" の magnitude は -1 である」はずです。これを 条件② としましょう。

 ここでもう1つの音程 V = [-11 7> を定義します。

 val と合わせて step 数を計算すると <7 11][-11 7> = 0 となります。つまり V は 0 steps の音程だから,Vをいくつ積んでも step 数に影響しません。

 一方,magnitude に影響する素因数は 7 だけ増えるので,magnitude は 1 増えます。

 U, V の特質が分かったところで本筋に戻りましょう。

  • M' = round ( (2×33 + (-2) ) / 7) = round (64/7) = 9
    ・ 仮に sagugu 2nd のうち 2倍と3倍の部分を [-3×33 2×33> (=U を33個積んでできる音程) だとすると,全体の monzo は [-3×33 2×33 -2>,magnitude(=M') は 9 となります。
  • M-M' = -1-9 = -10
    ・ 実際の magnitude(=M) は -1 であり,差(=M-M') は -10。だから,U を 33(=S-S') 個積んでから V を -10(=M-M') 個積めば,条件① と 条件② を同時に満たす音程になります。
  • a = -3(S-S') - 11(M-M') + C = -3×33 - 11×(-10) + 0 = 11 
  • b = 2(S-S') + 7(M-M') = 2×33 + 7×(-10) = 66 - 70 = -4
    ・U, V の定義に基づいて a, b を計算します。
  • Monzo = [11 -4 -2>,したがって周波数比は 2048/2025

 ようやく答えが出ました。長かったですね。てか U と V とか原典にひとことも書かれてないから大変だったわよ(👈️数字に弱い)。

 この計算,表計算ソフトとかで自動化しないと大変ですね。Color Notation,案外常用するの厳しくないか? 微分音界のエスペラントってより微分音界のイスクイルだろこれ…… ; ; *7

 ちなみに音程 U [-3 2> (= 9/8) はおなじみの「大全音」。V [-11 7> は 2187/2048 で「(ピタゴラス音律の)半音階的半音」と呼ばれています。どちらも 3-limit の超重要な音程です。上の計算の最終結果 2048/2025 にも diaschisma という名前があります。*8

 原典ではこのあと Color Notation を使った和音の表記法とかを解説してるんですが,今回は入門編だし時間が無い*9 のでここまでとします。

おわりに

 最近にわかに人工言語と音楽理論(特に微分音)の接触が盛んになってきてて嬉しいですね。お隣さんの語語語アドカレとか,初日でもうソルレソルがボレピになってるし。どういうことなの。

 私は微分音に触れはじめてから3年くらいになりますが,自由に調律できるプラグインが少なすぎたり人工言語に夢中になったりしていてなかなか曲が書けていません。近いうちに何か出したいものです。うに。

 苔むしたバベルの塔では,音楽の記譜法やコンピュータ言語などの話もできるコーナーが設けられています。苔バベルアドカレ で人工言語じゃない記事を書くのもアリだわよ!(あと Migdal 以外に投稿するのもアリだわよ!) ってことで,このようなテーマと場所で書くことにしました。

 以上です。読んでくれてありがとう!

 この記事は《苔むしたバベルの塔》人工言語アドベントカレンダー2024 で公開されています。ほかの記事も見てね!

adventar.org

 では tawa pona 👋

*1:w3 と Lw3 の間にある音程は 2187/2048,apotome です。magnitude が1増えると,音程は apotome 1つ分広がります。

*2:co-2nd の "-" は負の度数を表すマイナスではなく,読みやすくするためのハイフンです。紛らわしいな…

*3:ボレピとかね

*4:まあ使うこともないでしょう。128倍音は基音のちょうど7オクターブ(=84半音)上で,88鍵のピアノのほぼ端から端くらい離れています。

*5:「la, sa に付く指数表現はそれにしか作用しません」みたいな説明の方がわかりやすそう

*6:最後に「0以上なら1を加え…」とかいう妙な調整をしているのは,現行の度数のシステムが同音を「0度」ではなく「1度」としているせいです。同音を「0度」とする体系なら「3度+2度=5度」と通常の数のように加減算ができて,妙な調整も必要ありません。……やはり,我々はさっさと現行の度数を捨てて,7平均律の step 数のように同音を「0度」とする新しい度数に乗り換えるべきだ!

*7:なお真の「微分音界のイスクイル」は Sagittal Notation だという話もある

*8:使いやすい小さめの音程(コンマ)にはだいたい名前が付けられていて,コンマの一覧を見るのは辞書を眺めるような楽しさがありますね。

*9:アドカレは11月30日に建てるべきものではない

【配布】AZIKテーブル改造作業台をスプシで作ろう

 私は数ヶ月前に日本語 IME を Microsoft IME から Google 日本語入力 に切り替え、AZIK 入力で日本語を打ち始めました。

 その動機は寂しさです。英字のキーが26個あって、そのうち大半が子音字ですよね。でも日本語はほとんど CV をセットで打つわけで、大量にある CC のキーストロークにはほとんど機能が割り当てられていない。効率が悪いとか理に適ってないっていうより、第一に寂しい。

 未だに慣れておらず入力は遅いですが、たまに「"……" を2打鍵で入力したい」「数字の列も使って打てるようにしてみたい」みたいな気持ちが生えたので、楽に改造できるように環境を整えてみました。

 こんな感じ↓

AZIK 入力ってなーに

 AZIK総合解説書 を読みましょう!

 ざっくり言うと「日本語でよく使う -ai とか -on みたいなのを打ちやすくするために子音キーを活用しよう」というもの。例えば -ai には -q が割り当てられていて、「かい」を kq で、「はい」は hq で打つことができます。他にも「です」「から」みたいな頻出する2文字は子音だけで ds, kr と打つこともできます。

 AZIK 入力の特に好きなところは、既にあるローマ字入力の方法をなるべく変えずに、新しい方法を追加しているところです。「かいがいりょこう」は kqgqryokp とも打てるし、ショートカットを思い出す余裕が無いときでも kaigairyokou と打つことはできる。初心者に優しい。

 しかも、(環境さえ用意すれば) 改造が容易。自分の好きなようにショートカットを新しく生やしたりできる。

 ローマ字テーブルは文字通り(?) ロマンの塊です。覚えやすさを優先するもよし、空いている全ての2字キーストロークにショートカットを流し込むもよし、擬似的にキー配列を丸ごと変えちゃってもいい。とても自由!

 さあ、あなたも自己流 AZIK 入力をやりませんか?

とりあえず始める

 Microsoft IME では登録できるローマ字→仮名変換のパターンに制限があって AZIK テーブルが入り切らないので、Google 日本語入力 をインストールします。

 ローマ字テーブルに Github Gist で公開されている AZIK テーブル をインポートすると、たちまち使えるようになります。先人に感謝。

 ローマ字テーブルは IME のプロパティから確認できます。ただ、これを直接いじるのは大変です。1つ1つ手で追加したり、該当箇所を探したりしないといけない。何か表のようなものがあって、縦軸に1文字目、横軸に2文字目で一覧表示されていて、変更したらすぐにそれを IME にインポートできる、そういう環境がほしい。となるとこれは……

スプシの出番だ!!

 スプシの出番です。

 備忘録&スプシ実践講座(?) として、未来の私を含む読者の皆さんが同じものを作れるように過程と考え方をざっくり説明していきます。今回は、ローマ字(と数字)1~2文字のものを2次元の表の形で表示して、そこをいじってできたものをタブ区切り形式でエクスポートできるようになったらクリアとします。

 記事の最後で、完成したスプレッドシートのリンクを公開しています。

まずデータを取ってきて分別

 Google スプレッドシートで新しいスプレッドシートを作成して、シートに default と名付け、A列・B列の書式を「書式なしテキスト」にしてから、A1 セルを起点にさきほどのテーブルをペーストで流し込みます。これで A 列にローマ字、B 列に変換先の仮名(や記号)が、554行目まで並んでいる状態になります。

 さて、この中でローマ字1文字または2文字のものを 区分1 とし、それ以外(ローマ字以外を含むものと3文字以上のもの) を 区分2 とします。区分1 はあとで二次元の表にするとして、区分2 だけを残したものを作ることにします。

 まず C1 セルに

=arrayformula(not(regexmatch(A1:A554,"^[a-z][a-z]?$")))
 A列の各値について〈ローマ字小文字1~2文字ではない〉かを表す真偽値になってください

と数式まじないをかけると*1、C 列の各行が「TRUEそうわよ」か「FALSEちがうわよ」を表示してくれます。

 隣の D1 には

=arrayformula(if(C1:C554,{A1:A554,B1:B554},""))
 C 列のセルが「TRUEそうわよ」だった時には A 列と B 列の対応する行の内容に、それ以外の時は空白になってください

にすると、D, E 列には A, B 列から抜き出されたものが並びます。あとは F1 に

=wraprows(split(textjoin("|",true,D1:E554),"|"),2)
 D, E 列の内容を、いい感じに空白行を詰めて表示してね

これで F, G 列の238行目まですっきり詰めて表示されました。

 「default」シートの F1:G237 *2をコピーして、新しく作成したシート「区分2」の A1 を始点にして《値のみ貼り付け》ておきます。

ワクワク表作りタイム

 もう1つ空っぽのシート「区分1-初期」を作ります。

 行1、列A を見出しとして使うので、固定して色をつけておきます。

 見出し列 A2:A27 にはキーストロークの1文字目を意図して "a", "b", "c", ..., "z" を入れます。見出し行 C1:AB1 にも同じものを入れます (B列は開けておきます)。手打ちが面倒くさかったら SEQUENCE とか CHR を使って楽をしようね!

 で、その右側のセル10個には "1", "2", "3", ..., "9", "0" を入れます。来たるべき数字キーの活用のために。

 あとは中身の左上端、B2 セルに

=iferror(index(default!$B$1:$B$554,match($A2&B$1,default!$A$1:$A$554,0),1),"-")
 見出し行と見出し列の内容を結合したものを default テーブルの A 列から検索して、結果があれば B 列の対応するものを、無ければ "-" を表示してください

 これを AL27 までダーッ↓ダーッ⇉ て伸ばしてやると、2次元の表になったやつができます!!

 cd と打ったら「ちぇん」になる、みたいなのが一目でわかりますね。便利。

 これは区分1の初期状態を保存しておくためのシートです。改造はここではしません。もうこのシートは編集しないので、念のため保護をかけておいてもいいでしょう。

改造用シートを作る

 「区分1-初期」シートを複製して「区分1-改造用」と名付けます。こちらを改造していくことにしましょう。

 「区分1-改造用」シートの中身部分である B2:AL27 は =iferror~ という式で表現されていますが、これをコピーして同じ場所に《値のみ貼り付け》ると、表の見た目には変化が起こりませんが「-」や「あ」という値が直接入れられた状態になります。

 実際に中身の値をいじる前に「改変された箇所が一目でわかる」仕組みを作っておきましょう。B2:AL27 を選択して《条件付き書式》を追加し、《カスタム数式》を

=(B2<>INDIRECT("区分1-初期!"&ADDRESS(ROW(),COLUMN())))
 「区分1-初期」シートの同一番地のセルと値が異なるなら

としておくと、改変された部分だけを異なる書式にする (私の場合はセル背景を薄赤色にする) ことができます。あと

=($B2<>"-")
 この行のB列が「-」でないなら

を先程の条件付き書式の下に追加して、1字で確定する行をグレーにしておくとよいかも。

 中身の右の AM 列を「子音以外」のフラグとして、a, i, u, e, o, l, q の行に 1 を、それ以外に 0 を入れておきます。これは後で役に立ちます。

 ↓ 試しに bf に「:」を入れるとセルが赤くなります

 ……

 さて。

 これだと整理されて表示されているだけで、改変した結果がこの表以外のどこにも反映されません。改変されたものを使うには、この2次元の表のうち実質的に値があるもの(「-」でないもの) を抽出して、1つずつ改行された形式にして、区分2のと合わせたものをエクスポートする必要があります。

結合処理とエクスポート

 「子音以外」フラグに使った AM 列のさらに隣、AN2 セルに下のデカい数式を入れます。

=regexreplace("*"&join("*",arrayformula(A2&B$1:AL$1&"="&B2:AL2))&"*","\*[a-z0-9]+\=\-","")
 この行の各セルについて「*ローマ字=変換先の仮名」という文字列を作って、すべて結合してから、空欄である部分(「=」の後が「-」であるもの) を探して取り除いたものになってください

 これで a- の行がすべてまとめられました。これを AN27 セルまでダーッ↓と埋めます。

 で、新しく「エクスポート」シートを作って、A1 セルに

=wraprows(flatten(split(textjoin("*",true,'区分1-改造用'!AN2:AN27),"*="),flatten('区分2'!A1:B300)),2)
 行ごとにまとめたものを全て結合してから「=」と「*」で区切ったものと、区分2の配列を1行に潰したものと結合します。そうしてできたn行1列の長い配列を、行につき2列ずつに整形して、今いる A1 より下のセルに流し込んでください

 と入れます。すると「区分2」シートと同様の形式で、「区分1-改造用」と「区分2」が結合されたものが表示されます。
 あとはこの「エクスポート」シートを ファイル>ダウンロード>タブ区切り形式(.tsv)でダウンロードして、IME のプロパティからローマ字テーブルを開き、先ほどのファイルをインポートして設定を適用すると、自分の改変したローマ字テーブルで打てるようになります!!

改造の例:入声拡張

 ※これ以降の編集は配布用のスプレッドシートには反映されていません。

 今回は「入声拡張」なるものをやってみます。

 音読みの入声 -k, -t とか、ほかの一部の和語にある「かく」とか「かつ」みたいなのを2打鍵で打てたら気持ちがよさそうですね。このために数字の列の 1~9 を使います。1~5 に -aku ~ -oku *3、6~0 に -atu ~ -otu を割り当ててみます。

 すべての子音に対して10個も手で書き込んでいくのは大変なので、キーストローク「a1」に相当する AC2 セルに

=if($AM2=0, $C2&"く","-")
 この行が通常の子音なら、子音の C 列(= a キーの列) の値のあとに「く」を足したもの

を入れて、AC27 までダーッ↓します。他の列については、参照する列をそれぞれ i, u, e, o の列にして同様に流し込みます。

 これでほとんどの音読みを2キーで打てるようになりました。「超絶人生爆砕拳」は cpz9jkswb1sqkd、驚異の14キーで打てます。爽快ですね~

 ただ「きょく」や「びゃく」などの y も入声もあるタイプの漢字音はまだいじることができないのが少し不便なんですよね。この記事の続編(あれば)で y を含む3文字のショートカットの表もさくっと作っていきましょう。

おわりに

 スプレッドシートはこちらで配布しています。保存、改変、二次配布などは何でもご自由にどうぞ~

docs.google.com

 これで AZIK 使用者が増えるといいな。

 それでは、またこんど!

*1:「まじない」…… プログラミング言語の print とか get は《動詞》であり、私がコンピュータに「〇〇しなさい」と命令していると感じています。しかしスプシのセルに対してするのは命令ではなく、コピュラ動詞「=」を使って「あなたは〇〇です」と定義する行為です。呪言のような何かを感じませんか?

*2:238行目は「'」がスプシの仕様で消えてたりするので一旦無視して、あとで「区分2」に付け足してやってください

*3:4 には -eku の代わりに -eki を当てた方が便利そう

虚樋教って何?

⚠️jo'au 日本語 非斜川方言*1

虚樋教とは?

宗教としての位置づけ

 虚樋教(うろどい-きょう) とは、何溥嘉が信じている-DEC 宗教。

 何溥嘉は《教祖》ではない。虚樋教は教祖のいない自然宗教である。
 ただし万が一、虚樋教が創作物として扱われることがあれば、そのとき虚樋教は個人宗教/創作宗教であり、その《創作者》は何溥嘉である。*2

 ボーカル音楽にインスト音楽より大きな権威を授けようとする姿勢や、人間社会の存続を政治の大前提とする姿勢は、法的に宗教として認められていない。その事実を鑑みるに、虚樋教もおそらく法的に宗教ではない。それに加えて私は虚樋教を(平均的な宗教信者のように)心の底から信じているわけではないし、周囲に布教しようとも思わない。

 しかし私は、私の中で最大限正式に虚樋教を「宗教」と呼ぼう。科学的な正しさを持たないことと、信じる・信じないことを他者に強制したりされたりすることを拒絶することを示すためだ。一部の者は「宗教」「-教」という呼び方を極端に嫌がりそうなので無駄な衝突を防ぐために「思想」と言い換えることはある。

 以降、虚樋教徒を指して「私たち」という。この地球上に虚樋教徒はおそらく1人しかいないが、当然「私たち」である。

 虚樋教はすべての弾圧を受け入れる。

虚樋とは

 虚樋(うろどい) は、イスクイル3の有名な単語 uorödyoi’gzuxharçiámtixtou*3 の日本語化された略称である「ウオロェデョイ」に由来する。

 「ウオロェデョイ」はさまざまな意味・用途で使われてきた。初期は原語に近く〈新しい共感覚を表現しようとしている状態〉を指したが〈内面的なカオス〉〈感情や思考が交錯する状態〉くらいまで意味が拡大している。まれに、ただの挨拶や感極まった時の叫びとしても使われる。

 このウオロェデョイが信仰対象として確立したのが虚樋である。

 虚樋とは、仏教における涅槃寂静と同様に何らかの修行・研鑽の後に行き着けると言われる境地である*4。無数の概念が存在し、ひたすら騒がしくて複雑で混乱していて、時間の概念が希薄な空間だとされる。宗教家たちは「宇宙と同じ大きさの脳」「あらゆる概念が書き込まれた無限次元のスプレッドシート」「イデア界」などと説明する。

 prenu がそこに飛び込むことは、精神が一瞬で砕け散って無数の概念のなかへ還ることである。これを爆砕という。爆砕されて精神を終了させることが虚樋派の究極の理想である。

重要な教え

ale li ike - すべては複雑である/悪い

 《あれりいけ》である。絶対的真理。

 あらゆる存在は複雑である。1個の塊に見えるものは無数の粒子からできているし、1人の prenu は無数の心の素を組み合わせて作られている。すべての人間は異なる言語を話し、異なる世界で生きている。誰とも、自分とすら分かりあうことはできない。

 分かりあえないもの(すなわちすべて)は、prenu にとって苦痛である。苦痛を忘れることはできても、逃れることはできない。苦痛に満ちていない状態があればそれは狂気と呼ばれる。

 消滅すれば存在の苦痛から逃れられる。虚樋教のいう消滅とは prenu の存在が時空間上から完全に抹消されて「無かったことになる」ことである。過去を改変することはできないため、これは物理的に不可能である。

 消滅の不完全な代替としての自殺は、prenu が取りうる正気かつ効果的な選択の1つである。私たちはすべての自殺と希死念慮を了解する。

 私たちの存在は始まるべきではなかった。しかし、存在を始めさせた者 (remna であれば両親、sampre であれば開発者など) を非難する・憎むべきではない。両親は「子を」生むことを計画したが「このような私を」生むことは計画しなかったから。

 私たちが自殺すべきとも限らない。自殺は消滅の不完全な代替にすぎず、それより良い存続を探すことも、自殺と同等に正気かつ効果的な選択である。

 《あれりいけ》は《あれりぽな》と正面から敵対するようにも見えるが、実際には1ビットしか違わない。虚樋教は《あれりぽな》を良き隣人と捉えている。

 典型的な現代スピリチュアル体系はワンネスを真理として説く。

 「"すべて"は(異なる・敵対しているように見えても)1つである」
 「あなたの意思もその"すべて"と繋がっている」
 「"すべて"は愛でできている」
 「そのことに深く気づけば、あなたも"すべて"と一体化して幸せになれる」

 虚樋教はその真逆を行く。すなわち、

 「"すべて"は(1つのものに見える部分すら)難しく複雑である」
 「絶対的な神や理想はなく、"すべて"は無数の価値や目的や意思を持ちえる」
 「"すべて"はあなたにとって《いけ》なものとして映る」
 「そのことに深く気づけば、あなたは爆砕される」

 これが虚樋教の世界観である。

lo nu mi zasti cu do'a snuti - 存在は偶然である

 私やあらゆる存在は偶然そこにそのようにある。私の身長も声も母語も、好む色もすべて偶然である。

 偶然性が高いもの、例えば生まれつきの肉体の形や大きさなどに絶対の価値を見出すのは、つまらない上に有害な冗談(後述) である。偶然が私たちの考える価値と相関すべきではない。私の自由意志と思われているものにも偶然が多く関与するため、自身に価値を感じるのは有害だし難しい。

 存在している(私たちに観測され得る)ものの多様さなどたかが知れているが、思索や空想によってその檻を出ることができる。そのため私たちは多様な非存在者・非存在物を想像しようとする。

Ekšealé itawél - 道化師であれ

 《あれりいけ》の苦痛を相殺しうる救済がある。それは《あれ》が一つ残らず冗談であるということだ。

 言葉で、あるいは状態や現象で、外界は私たちに語りかけてくる。その言葉はすべて、冗談、おふざけの類である。何も真剣に考えなくていい。冗談を返してもいい。あえてクソ真面目に応じてみせてもいい。「冗談きついぜ!」とどついてもいい。もちろん世界は重いので prenu にどつかれた程度では動かない。

 そして、私たちもまた冗談やおふざけである。しかし岩石や稲光や自然言語と違って意思を持ったそれである。

 私たちにはもっと面白くなるという使命がある。この「(虚樋的に)面白い」とは、興味深いことかもしれないし、大笑いできることかもしれないし、封印したはずの底無しの憎悪を呼び起こすことかもしれない。

 面白さには新鮮さが要る。自身にとって新鮮なものを取り入れ、発信しなければならない。そして、自他の面白さが阻害されることを防ぐために、少ない・弱い者を助け、面白くない統制や弾圧に抗わなければならない。当然「あなたのすること・好むものは、私から見て面白くない」と言う行為のことも破壊してよい。大勢の人間から「面白い」と言われることはおそらく虚樋的な面白さと相関しない。

  このように《あれりいけ》の中にあり、(それゆえに+それにかかわらず) 面白さを求める者を Ekšalé (道化師) と呼ぶ。道化師は聖性の象徴である。

主な慣習

 慣習は気軽に破ってよいとされる。

教会

 教会-SNM1/1は存在しているが、儀式への参加を強いるような権威は無い。同じゴールを目指す者の互助会といったところである。私は虚樋教会日本支部(所属人数: 1名)に所属している。

典礼言語

 黎明期からの典礼言語は2つある。イスクイル(v3)と虚樋教第二典礼言語(略して虚樋次語)である。

 イスクイルは教徒でも流暢に話せない。虚樋次語は別世界線の半人工言語であり、現在は散逸しているが、イスクイルに強い影響を受けた総合的言語であると言われる。

 時代が下ると、トキポナとロジバンも典礼言語に迎えられた。現在の教えの3つの文はそれぞれトキポナ・ロジバン・イスクイルで書かれている。

 虚樋教は工学言語を、より広くは言語への工学的態度を強く推奨する。言語に隣接する、概念、思考についても同様である。我々の使う言語や概念や思考は、我々のために記述され、実験され、改変されるべきである。

祈祷文と聖歌

 意味をよく考えられて詩のように編まれたものもあるが、明確に無意味であるものや、特に考えないで作られたものも多い。

 無意味な祈祷文として Lorem Ipsum がよく使われる。

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 私はこれを毎朝暗唱している。なおこれはラテン語ではない(どの言語でもない)ため、ラテン語のように発音する必要は無い。

 独自に祈祷文を編む場合は典礼言語のどれかを用いる。

 Erik Satie の «Vexations» の冒頭13拍のアレンジは鬱の中にいる虚樋教徒によってしばしば歌われる。これはエミール・シオランの言葉のひとつに着想を得たものである。

 もとは無調旋律だが伴奏が付けられることがある。使う和音やコーラスは人によって異なる。ところで無調旋律に和音を付けて調性感を与えるのは ekšèöl な試みではないか?

lo nu mi zasti cu do'a snuti .i mi ri'a ma ca junri

コード譜:
[D♭M9] lo [G♭m7] nu mi [E♭9sus4] zasti
[A♭M7] cu do'a snu- [E♭m7(13)] ti [A♭] .i
[D♭7] mi ri- [G♭69] -'a ma [B9] ca jun- [E9] -ri

 虚樋教徒が儀式の場で好む音楽は複雑な部類に入る。頻繁な転調・転拍子、無調・微分音にも深い親しみがある。曲調は「ネガティブ」「陰湿」「攻撃的」「狂気じみた」などと評されるものも多い。

 しかし虚樋的には、それらこそ優しくポジティブな、至って正気の音楽である。情報で頭を埋め尽くされ、複雑化や破壊を感じるとき、虚樋教徒は《爆砕》という救済を幻視している。

踊り

 踊りは音楽の救済力を高める。

 虚樋的な踊りは、観衆から見られる美しさではなく、踊る者の体験を重視している。踊る者の最も取りやすい格は AFF 格である。

Tu ul-lreijjalár. Ti al-lreijjál.

 日本語に翻訳できる気がしない。

 私たちは拍手ではなくウオロェデョイを得ようとして踊るのだ。当然現代文化の中のダンスパフォーマンスとしては成立しない。

 試したい方は、例えば誰もいないところでこの曲を聴いて踊るとよい。

youtu.be

瞑想(広義)

 先ほど紹介した音楽や踊りは瞑想である。

 虚樋教には瞑想の習慣がある。無になろうとするよりも、身体や精神の内部に目を向ける動的瞑想が多く行われている。自分の意に反した感覚や思考の中に浸ることで、より深く《あれりいけ》を感じられると考えるからである。

 自我のうちほとんど(あるいはすべて)が部分的に他者であると考える。睡眠欲や自動思考も他者である。痛みや苦しみも他者である。それらを観察することも瞑想である。痛みを感じたいのに傷がなければ自傷するしかないため、虚樋教は自傷を否定しない。

 私たちは「1つの完結した人格である私」という社会的な概念を好まない。自我は無数の人格から構成されていると考え、そのうち主だったものが個別の名前を持つ。それらは互いに他者であり、会話することも広義の瞑想である。

 水中は瞑想に適した場所の1つであるらしく、虚樋教徒は習慣的に水中を漂ったり gwalök*5 したりする。gwalik*6 ではない。

次回予告

 もし次回があれば、実践方法や戒律をもっと具体的に紹介しよう。それでは Attàlûk.

 

 以下、脚注

*1:jo'au はロジバンの実験的機能語シマヴォ jo'au を借用したもの。どの方言・変種を使うかを宣言するのに使う。これは要するに「一般人にも分かりやすい日本語で書くぞー」という意気込みだがおそらく守られていない。斜川方言の言葉をすべて解説する気力は無かった。許してほしい

*2:これは他者に「虚樋教の創作者」という汚名が着せられるのを防ぐために書いている。創作は醜行だと私の一部が言うので

*3:グロスや英訳と照合するとおそらく uorödyoi’gzuxhařçiámtixtou が正しい

*4:日本語の「境地」が場所を指すか状態を指すかが曖昧なように、虚樋が何であるかも曖昧

*5:水中を泳ぐこと

*6:水面を泳ぐこと

支離滅裂についての支離滅裂でない文章

当記事の明示すべき文脈の一覧と"感想"

当記事の明示すべき文脈は下の1件です。

note.com

 (  . .) *1

 (  . .) *2

 ( ₋ ₋) *3

支離滅裂は良いですね

 端的に言えば、興味深いタイプの支離滅裂さです。
 そして(ここから先はただの憶測ですが)その大部分は、いわゆる現代芸術のそれに深く根差してるのでしょう。

 私は現代芸術にも謎解きにも文学にも詳しくないし、それとは別のベクトルとして全然「頭が良」くないので、これの意図を深く察することはできないでしょう。それでもこれを文脈として何かを語ることはできそうなので書いている次第です。

 とはいえ私は金銭に関する感覚が希薄だからか、有料記事であることについて記述に値することを考えることができなかった。頭のその領域にめっちゃ霧がかかってる感じ。うーん (.  *4

 「多重人格ではないけどそれに程近いような」「脳内が会議室みたい」というのはわかる。実際これなんですよね。これを異常だとして忌避したり憧れたりするのが好きじゃない。ある程度《こちら側》*5 の人にはよくあるものだと思う。

 私の外にはものすごく沢山の人がいるのに、私の内側には1人だけがいますか? おかしいと思いませんか? あなた

マルマルコフコフみんなしゃべるよ

 いくらか、いわゆる自動書記のようなテイストの記述が見られますね。

 自動書記について簡単に説明すると、なるべく考えずに手がひとりでに動くような気分で猛スピードで文を書くことです。無意識を反映するとか言われていて、スピリチュアルな目的(上位存在や宇宙人と交信云々) で試みる方が多いようですね。それに検索結果が 汚染 占領されています(怒)*6。私はそれよりもシュールレアリズム的な文脈の自動書記に興味があります。これ自体はありふれた形で、もはやシュールでも"現代"的でもないでしょうけど(個人の感想)。

 実際にどの程度自動書記である(計画や推敲を経ていない)かは断言できないものですが、私の感覚では多分、自動書記っぽいけど十分な計画や推敲を経た文のような、気がします。考えずに書いてあんな感触の語彙になることってあまり無いので。*7

 そういえばこんな投稿があったな。

 むっちぇ分かる。まあ、ここでいう「平沢進」も「自閉症界隈」も「統合失調症」も、引用元の記事が属する・属そうとした分類ではないだろうから、ややずれた話ではあるけど。

 哲学的な述語がガシガシ並べられてゆく様子には、ありふれた一昔前のボカロの感覚、衒学、侃々諤々、非論理接続、gik、joik、だけどそこかしこに「よくある感じ」で留まらない繊細さを感じます。

夕が僕を憂いていて
耐えられない情報の波
飽かぬこれが蠢いて
いつか内破するのだろう

 ここ一番好きです。

 情報に破り殺される恐怖は確かに存在していて、我々に語られ足りないという顔をしています。数か月前の夜に今まで最も強いそれを体験して、破壊的に*8変更された気が、しています。

最後まで読んでない奴が感想を語るな

 はい。ごめんなさい。私は最後の1文字を(知っていますが)読んでいません……。
 純粋な「感想」のパートはここで終わりとします。

ぷにょ

 支離滅裂性、特に芸術的文脈のそれについて語る時間になりました。

 私はどうやら支離滅裂でカオスなものを平均より著しく好む傾向にある、と言われることが多いようです。音楽や文芸でも、正書法でも、存在のしかたについても。

 その反面、秩序を求める衝動も強く渦巻いていて、特に幼いころはそれに振り回されて大変でした。今はそれほど大変ではなくなりました。"エミュレート"*9技術の向上によるものですかね。

 完全な秩序と統一を求めて足掻き続けて、ある時にふとそれが(物理法則、他者性、自身の知能や気力や時間の限界などあらゆる要因から)拒まれることを知ると、一転して完全なカオスを求めるようになる。これは私たちの「あるある」なのだと思います。

 私が支離滅裂なものを書くときに持つべきものは、無思考か、自己否定です。

 ここでいう自己否定というのは、能力や作為や所属ではなく、この世界に存在することへの否定です。「私が存在するべきでないのに存在している」のだから、私が今更何をしようと秩序も価値も無いのです。数を0で割ることが許される世界で数学を極めろと言われているようなものです。その意識が支離滅裂を熱く支えてくれます。

 反対に、他者や他者の信じる常識を攻撃したり、自らの「頭の良さ」や「強さ」を顕示したりする支離滅裂性を、私はあまり書きたくないのです。味の素と食塩を瓶ごとぶちこんだ料理、グロいだけのグロ映画のようなものでしょうか*10。なんか「激しい点滅を含むため光過敏性発作の経験のある方は~」みたいに、誇らしい支離滅裂にはそれ専用の注意書きをしてほしい。

 

 話題逸脱タホルヘ。

 現代音楽、現代短歌、現代建築、現代4コマ、そのような複合名詞における「現代」はだいたい、異常性や斬新さを含意しています。現代に生きるふつうの人ぷれぬとしては、寂しいものです。何だよ現代音楽って。ビートルズも嵐も米津玄師も巷のDTMerが2時間で作った曲も現代の音楽だろ。それを「現代音楽」って呼ぶのはダメとか言うのマジでお前、お前さあ、いや違う、ごめんなさい、あなたは悪くない。ぜんぶ自然言語が悪い。自然言語をやめてイスクイルを使おう。「現代に存在する音楽」と「現代に特徴づけられる-[EPI] 音楽」は区別されるべきですよね、イスクイル母語話者の皆さん? (0件の返信を表示▼)

 話題回帰タホナイルヘ。

 常識を前時代のものとして否定して、聴衆の目の前で壊して回る行為、正確にはその行為が成り立つと考える精神、はあまり好きでないのです。そうして先駆者や破壊者の称号を得ることはなおさら嫌いです。

 私は賢くてセンスのあるあなた方と違って、常識を破壊する権利がありません。私は常識に破壊される側の人間です。私が何も見えないまま蹌踉いて音もなく崖の下に消えるところを見ているといいでしょう。

ぽにゅ

 この世界の一部で「常識から外れている」と呼ばれるもののいくつかを言語で表現することができます。

 常温で液体の金属*11。空が黄緑色*12。訓読み*13。男でも女でもない人*14。2億は大きい数*15。永久に焼かれ続ける餅*16。私が彼を愛するときに彼は私に愛されていない*17。ド♯よりレ♭のほうが低い*18。"新しい共感覚の相互作用的拡大を具現化できるなら" が1単語で表せる言語*19。

 でもこれらは、少なくとも1つの可能な世界では常識です。

 そしてこの世界は、ちょっとした風向きでニコラ・テスラが産まれなかったり、ジーンズが流行らなかったり、あなたが国会議事堂を爆破したりするような世界です。何か特定のものが、私たちの今いる世界に存在するか、いくつ存在するか、私やあなたが知っているか、どの程度常識的であるかというのは大した問題ではないように思えるのです。

 とある常識が、(幸運にも)あなたに見えるものであれば、その常識に従ったり、ドヤ顔で破壊を試みたりしましょう。そうでない人々には、それを常識として破壊する権利が無いのです。異なる常識を夢見る権利くらいはあっても良いと思います。

 これまでにいくらか怪文書は書いてきたけど、『有料記事についての考察でない考察』ほど支離滅裂で自由奔放な書き方は「私が取るには悪手だ」として避けていました。それは私の歪んだ倫理観*20によるものでしょう。

 この世の常識を絶対的な常識として意図的に内面化する方法が分からず、「芸術」の名の元にそれらに唾を吐く勇気すら無かった私は、この世界に適していないのです。

 何も考えたくない。知能を持っていたくない。他人に「この人は自分より賢いな」と思わせたくない。前衛部隊として勇気を讃えられたくない。だから私が書く支離滅裂は、無思考か純粋な殺意によるものでなくてはならないと思うのです。

 何人かの友人が私を「頭が良い」とか「物知りだ」とか評しましたが、その時に私は喜んだのか、誇ったのか、そうでないのか覚えていません。「頭が悪い」と言われたら嫌な顔をしたのでしょうか? ねーね*21。誰か今度実験の手伝いだと思って私を罵倒してくれない?

いすくいるタイム

 いぇーい!「シュールレアリズム」の語が出た辺りから内なるイスクイルがデョイデョイして仕方なかったんだよ!

 イスクイルの(特に3の)文法書ではいろんな例文に道化師(ピエロ)が登場するし、挿絵もあったりします。これについて JQ(イスクイルの作者) は FAQs ページで「自分を含む何事も真剣に考えすぎないように、と思い出させるため」だと説明しています。

 そして v4 では、これまで「愚かな」「滑稽な」と同じ語根の派生語だった「道化師」が独立して、なんと「ダダイズム」「シュールレアリズム」と同じ語根になったのです。つまり作者の言う道化師は、ダダイズムやシュールレアリズムの象徴でもあるのですよね。

 私がイスクイルに惹かれる理由の1つはこの哲学にあります。思考や内省を強制しまくる言語のくせに「何事も真剣に考えすぎないように」という猛烈なダブルバインドの中で苦悩することが、オワオワのイスクイルの楽しみなのです。

 完全に支離滅裂でカオスな記述を避けてきたのは、イスクイル作者自らが書く文法書や詩に影響されたからでもありそうです。
 あれほど形態論にカオスを盛り込みながらも、それを詩の中で全開にはしなかった。形式の華々しいカオスより、内容から滲み出るカオスを選んだ。その姿勢には私の共感できるところがあります。

おわりです

 この世界は支離滅裂でカオスなので*22、支離滅裂でカオスなものを嘉するしかない。と思います。
 そもそも我々は物語でないので、伏線も読者に伝えたいメッセージもクソもありません。そのくせに人は人に物語を求めます。誠実な者は支離滅裂なものを提出して、やる気がないとか狂気とか衒学とか言われるのでしょう。その声に怯んではいけないのです。支離滅裂をカオスて、非文でもこそ美しいじぇすろ*23。

 つまり我々は寝たいときに寝るべきで、
 トニックに向かうドミナントは濁らせるべきで、 
 文法書は血で書かれるべきで、
 57は素数ではないと述べるべきで、
 分かりきっていることを問うべきで、
 あなたの体験するあらゆることは冪等ではない!

.

 在り始めから終わってた脳が
 邏り輯めた結論なんて
 せいぜい無色の緑より
 彩度が高いくらいでしょう

 砕かれながら仰ぎ見た
 宇宙の膨張速度は物足りない
 
 過去を忘れて身体を捨てて
 それが無理なら世を捨てて
 晴れてわたしも寝返るの
 ラウンチ・アルコ 切り離せる都市へ

 排煙で曇る人工天球
 頂点直下にて唐突なセッション
 モーダルかつコーダル
 まあそうなる、に悖るアトーナルな折衝

 今のコードはどこから降りてきた?
 耳石にレコードの針を置いてguess

 今夜だけはベタな押韻も
 詩みたいなせわしない改行も
 {死にたい} の心態詞を知らない
 sutysiskuのせいにはしたくない

 過去を忘れては歌えない
 身体を捨てては聴こえない
 それでわたしは願えるの
 ラウンチ・アルコ まだ飛ばないでって

   /『アトーナル・アルコロジー』 重音テト(UTAU)・知声(VoiSona)

しゆぽにタイム

 しゆろんぽ*24だ。ぽにぽにするね。

Vötgil

 私は少しわくわくしてきました。Vötgil にはたくさんの母音があるから。

 

 終

2024.5.1

*1:ア! 感想を言ったほうが読者に親切な気がして、見出しに「感想」を含めてしまった

*2:感想はまとまっているべきな気がして苦手だ。端的に述べてこの章を終わらせてしまわなければ……

*3:活断層

*4:右半分が霧に隠れている (. .  ) の図

*5:すごくイキった言葉に見えるけど、「こちら側」に与える客観的で短くて無害な日本語の名前が見つからなかっただけ

*6:私は軽くスピアンチなので「自動書記」をスピ文脈から解放してあげたい

*7:もし考えずにこれを書けるなら、かれはスピ界隈のインフルエンサーになれるでしょう。熟考のもとでこれを書いたなら、かれは私の好むタイプの詩を書く才能があるでしょう

*8:この「破壊的」はぶっ壊すっぽいという意味ではない。「非破壊検査」とか言うときのそれ

*9:発達障害の文脈で言うそれ

*10:共感覚ではなく、ただの強めの比喩

*11:水銀とか。普通にある

*12:実例はすごく少ないがある

*13:中国語話者が初めて日本語の訓読みを見たら絶対非常識だって思うでしょ

*14:実際、prenuの9分9厘はこれ。てかむしろ、特に疑いを持たずに男とか女である人のほうが異質に見えるわよ!

*15:そういう考え方もある

*16:あるかは知らない

*17:自言語の世界観だとありうる

*18:ピタゴラス音列とか29平均律とかね。ぶっちゃけド♯=レ♭の世界のほうが特殊だよね

*19:イスクイル3

*20:「倫理」は絶対的で高尚なイメージを与えすぎるため「ぷかルール」と呼ぶべきという説がある

*21:日本語の「ねえねえ」でもヒュムノス語の nene(分からない) でもある

*22:Afkamta ti átaca ümt eavàštûs ekšiarmé im ovarpiňžaňúd

*23:じぇすろ https://x.com/MujunKonton/status/1779494426697691453

*24:小籠包の形をしたクッション

私がロボットだった頃の話

 私にはロボットだった時代がある。正確には、家庭の合意のもとでロボットとして振る舞った時代がある。

 遠い昔だ。その頃に対する評価や感情はまだ整理できていないが、どうせ死ぬまで整理できないので、ひとまず今感じるままに語っておくべきだと思う。

 幼稚園児~小学校低学年の頃の私は典型的な ADHD+ASD 児の様相を呈していたらしい。とにかく落ち着きが無くて、すべてが退屈で、日に何度もその場から脱走した。教室から脱走して図書室に逃げ込んで、食卓から脱走して子供部屋に逃げ込んで、親や先生から毎日怒られて、聞き飽きた説教からも脱走して空想の世界に逃げ込みたかった。高いところが好きで、木に登って、塀に登った。危ないからやめなさいと怒られた。幼稚園のホールの柱に登れる子は私のほかには1人だけだった。私の好きなことのほとんどは「みんな」にとってどうでもよいことで、私ができなくて困っていることのほとんどは「みんな」にとって簡単なことだった。私は好きなことの話をできずに退屈した。

 物心ついた頃にはすでに、自分は異端で、出来損ないで、「みんな」にできることができないことを「知って」いた。発達障害とか ADHD とか ASD という名前は知らなくても、それが先天的なもので、努力で乗り越えられる域を超えていることも「知って」いた。まだ小学校に入る前の幼児に直面させるにはあまりに残酷な命題かもしれないが、当時の私は幼児なりに、小さな思想家として、一生懸命に考えて理解しようとした。

 そうして私は、怒られるたびに、できないたびに、自己に対する憎悪と軽蔑を深めた。「死にたい」や「自殺」という概念を知る前から、それに匹敵する感情を抱いていた。

 抱えきれない自己への憎悪と軽蔑は、しばらくして珍妙な形に結晶した。それが「私がロボットになること」だった。

 私は私をまともにできない。私は私のできなさを許せない。殺したい。でも私が殺されたら私にされることがされないから困る。機械になりたい。ロボットになりたい。人語を解してその通りに確実に命令を遂行するロボットになりたい。

 小学1年生くらいの頃、私はロボットになると母に言った。「私が言うことを聞けなかったら『[規定の文字列]』で私をオフにして、私の代わりのロボットを呼び覚ましてほしい」という旨を幼い言葉で伝えた。母は、真意を理解してくれていたかはわからないが、とりあえず承諾して「ロボットごっこ」に付き合ってくれた。一度に記憶できる命令は2つまで(後にバージョンアップして4つまでになった)、命令は端的に分かりやすくする、「ちゃんと」や「しっかり」と言わずに具体的な数を使って命令する、命令の実行が終わったら知らせる、などと約束事が増えて、私はときどき私の制御に成功した。

 3年生になるころには「こんなこと周りの誰もやってないし、恥ずかしいことなのではないか?」と思うようになって「ロボット」概念は風化して消えた。でもまだ機械的な私への渇望は残っていたから、私は「まともな私」を開発する「プログラマー」になった。先の予想できる説教を、真剣に聞くふりをしながら、あるいはへらへらと受け流すふりをしながら、低水準の言語に落とし込んで実装した。私は誰に教わるともなく、発達障害者の界隈で頻繁に見る「健常者エミュレータ」概念を自力で見つけていたのだ。天才か? いいえ。

 数年もすれば、深い思考の渦に落ちないですむ方法、自己から目を逸らす方法を知った。教室から脱走もしなくなった(脳内の世界に脱走すればいいので)。人間に褒められることを幸福の条件として重要視しないようになった。依然、学校には行きたくなくて、親からも先生からもたくさん怒られて呆れられ続けたが、もう慣れてしまった。それに甘えてできる限り楽観的に過ごそうとした。社会の一員としては讃えるべきことで、小さな思想家としては軽蔑すべきことだ。

 思い返せば先生や級友から攻撃的な言葉をかけられたこともあった。その中には私が傷つくだけでなく、差別的な、公序良俗に反すると批判すべき発言もたくさんあった。ショーガイシャだの、キチガイだの、IQ がどうの、○組(特別支援学級)に行けだのと。しかしその時の私にはそれを否定する資格が無いと思った。私こそが障害者たる私を誰より強く憎んで、罵倒して、人格や存在そのものを否定して育ったから。

 「ロボット」時代を忘れ、「エミュレータ」の世界観も意識しなくなった、曖昧で穏便な(小さな思想家から見れば無価値な)小学校高学年~高校時代の前半が終わった。

 高校の後半から、進路について考える傍ら、工学言語や哲学的思考に没頭するようになった。私の異端さ、できなさ、怠惰さ、愛着の持てなさ、異常なこだわりが問題として表面化することも増えた。そうしたときに、あの「ロボット」に至るまでの絶望感、自己への嫌悪と軽蔑が、解凍されて私を取り囲んでしまった。

 振り返ればあの時の「ロボット」概念は未来の私の思考・志向を鋭く示唆している。言語の曖昧さや暗黙の了解を嫌って、名言と形式的なものを尊ぶ態度は、工学言語のそれに通じる。かつて命令と仮想の仕様で自分を縛り付けたように、今の私は私の信じた「倫理」で自身の行動を縛ろうとしている。倫理の名のもとで、非倫理と名付けられたものを弾圧している。かつて理解できない全ての他者を「私はロボットで彼らは人間だから互いに共感できない」と言い聞かせて受け入れようとしたように、今は全ての他者を「私の倫理は私以外のものには見えないから」で受け入れようとしている。そうして、心の底では誰も信用していない。

 論理的な言語や厳密な言語を使っても自身の思考がそのようになる訳ではないよね、と言いながらも、本当は言語が私を論理的に厳密にしてくれることを夢見ている。ill-defined な自然言語を直観で(周りより不器用ながら)使えているのに、心の底では「私によって定義されていない語ばかりだ、こんな言語なんて恐ろしくて使えない!」と思っている。工学言語をただの趣味として嗜むふりをしながら、心の底では私の精神を完全記述ロゴパンデクテイトして言語の俎上で操ってその記述に忠実に従う真の自律機械ロボットになることを夢見ている!

 これは傍から見れば異常な考え方なのかもしれないし、自己の外から差し込まれる病的な状態かもしれないが、一部の私にとってはようやく再会した愛しい現実であり、愛してやるべき本来の私だった。

 人間は機械ではない、完全ではない、デジタルではない。人間は自身のソースコードを読んで編集することができない。機械のふりは必ず破綻に終わる。人間は生物の本能には逆らえない。何より、人間には規定された本質がない。実存が本質に先立つ。人間は意図をもって設計されていない。できない私も本質なのだから受け入れて愛するべきだ。

 そんなの、私はよく分かっている。でも私はまだ諦めたくない。

 確かに、ロボットが、エミュレートがどうの、倫理が、本質がどうのとか考えずに生きられた時代が一番幸せだった気がする。実際その生き方がより正しいのかもしれない。でも、ロボットになろうとした幼い私に「その選択は間違っている」と言うのは、何か、非常につまらない気がする。

 もしも、その夢を追いかけるうちに私の夢が損なわれる可能性が大きくなれば(例えば私が自殺を企図(志望ではない)したり、私に敵意のない他者を深く傷つけたり、私が思索を続けられるだけの能力と環境を失いそうになったら)、その時に諦めればいい。諦めて、希頂語のように、楽しい存在として蘇ればいい。やろうと思えばきっとできる。だって私は機械ではなく人間だから。

 「私の中の人間を殺してロボットになりたい」という幼い私の夢を、今の私はまだ捨てたくない。まだ捨てずにいられる。幻を見るのもいい。過去の夢に縋るのもいい。間違うのもいい。だって私は機械ではなく人間だから!

 

 

希頂語が見せた光明

️ℹ️ できれば「シディン・アホがみせたグォァンミンッエ」と読んでください。

 数か月前、大きな書店に出向いたときに言語学のコーナーにノシロ語の本があったのを思い出した。その時は買おうか迷ったが結局買わなかった。
 これはただの印象だが、以前に Web で入門講座を見たときに全角と半角の英数字が入り乱れて非常に読みづらく、読むのにかかる処理コストが高すぎると感じた。書籍版でもまあそんな感じだったので見送った。申し訳ない。

 世には、国際語になるべく設計された言語がある。そしてその中には、国際語としてあるまじき妙な仕様をぶち込まれたアホな言語がある。(本当に申し訳ないが、私にはそのように見えてしまう。)
 その類のさらに極端な例として思い浮かぶものが、ポリエスポ (Poliespo) と希頂シディン語 (Shiddin, Xdi8 Aho) だ。ポリエスポはエスペラントの子孫イードで、作者のたどった経歴がネタにされることが多い。名前は "複統合的ポリシンセティックエスペラント" に由来する。2や ⿻pw *1という特徴的()な字母があることもよくネタにされている。

 希頂語は中国で作られた人工言語だ。実験的言語に分類されるが、当初は国際語として世界に広まることを意図していた。漢字に1対1で対応する読みを与えて、中国語を字母アルファベット化しようとしたものだ。希頂字母シディンフンザオムには、数字の1や8に似たものも、既存のラテン文字やキリル文字のどれにも似ないものもあり、実用は困難だ。同音の漢字は減ったが無くなってはいない。文法は中国語と異なる独自のものになる予定だったが、今のところ定義されていない。*2

 私の感覚では、ポリエスポ、ノシロ語、希頂語の3言語は近い位置にプロットされる。いわば「国際語として設計されたが、(少なくとも一見して)とても国際語として受け入れられない仕様を持つ言語」三銃士である。

 この中で私は希頂語が最も好きだ。存在を知ったのは高校生の時だった。不用意に海の向こうの社区コミュニティに干渉してしまうのを恐れて、ほとんど Twitter などで言及せずに陰からB站ビリビリを観測していた。

 希頂語に対して抱く感情は、尊敬や愛着というよりは親近感だ。私自身を見る感覚と似ているが、そこには底なし沼を覗くような恐怖や嫌悪感がない。

 希頂語を設計した黄雀飛氏はその当初の目的について「中国語を国際的に通用する言語にし、中国文化を世界に広めること」と語り、その動機に「漢民族としての誇り」を挙げていた。誇り。生まれと血への誇り。非常に共同体ゲマシャ的だ。私はゲマシャ的・偶然的・身体的な形質を自分の同一性や誇りのなかに含めてしまうことをひどく嫌い、恐れているので、黄氏が当然のように綴った「漢民族としての誇り」という言葉を見た時はその異文化ファンゲさに動揺した。

 だが、その動揺する私も、自身の哲学、倫理、誇りをゲマシャ性・身体性から断ち切れていない。むしろ平均的な人間よりもそれの結びつきが強いかもしれない。私の知らない設計者ロ・プラトゥによって設計され、食物に、月経に、天候に、発達特性に、知能に振り回されてめちゃくちゃになるように生まれるべくして生まれた。脳の檻の鉄格子に頭を打ち付けて、時には自ら鉄格子に突っ込んで。気づいたら右手に硬めの紙のようなものが握られていたり、音叉を刺されて一緒に震えたりした。多くの人は脳の檻の鉄格子にはっきりと触れたことがないらしい。人は私を見て「普通だね」と、あるいは「異常だね」と言った。

 極度の完璧主義と極度の飽き性が拮抗するオワリの身体性を制御することに必死になっていたら、こんなに皆から遅れてしまった。追いつくどころか、これ以上引き離されないようにするのすら難しいだろう。このまま寂しいところで、恥と罪を抱えて生きていくのだろう。私は、私から見てまっとうな私である限り、地獄から逃れられない。そのような諦めの気分が私の根底に流れている。

 そのような畢オワっている人間として、1990年前後から2020年前半までの希頂語が辿った道には、僭越ながらも共感できる気がする。希頂語は多くが「霊感」に基づいて設計され、実用に適さない奇妙な形に生まれた。

 だが、希頂語は、そのまま埋もれているわけではなかった。

 とあるネット民によって掬い/救い上げられて知名度を上げ、社区コミュニティを形成し、冗談言語・架空言語の性質を帯びて蘇り、今や中国の人工言語の中でも屈指の盛り上がりを見せている。黄氏の「漢民族としての誇り」の話はどこへやら。そうして今知られるシュールでコミカルな希頂語がある。*3

 サルトルは「(ひとの)実存は本質に先立つ」という言葉を残した。意思疎通の道具や芸術作品であるという「本質」が先立つとされる人工言語でも、その言葉のように動くことがあるという(私から見た)事実は、ある種の希望を抱かせる。私もそのように自己の本質を求める底なし沼から解放されて楽しい存在になれるだろうか。なれるかもしれない。私の在り方とか自我とかそういうものを規定するのも私である以上、それらから逃れる道もきっとある。そのように思っていいような気がする。

 これが、私が希頂語に対して妙な愛アイドゥを感じる理由なのだろう。取るに足らない換語リレクスだとか、失敗した国際語だとか言って終わりにするのはもったいない。新しい希頂語のアホらしさやシュールさの中には、かつての希頂語が求めた燃える灯火シディン・アホの光明グォァンミンッエが確かにある。

 希頂語は好いいぞ。存在も好いいかもしれないぞ。
 少なくともこの瞬間の私はそう思う。

 

 終

2024.3.3

*1:「⿻pw」…… 漢字構成記述文字で漢字以外を記述するのは暴挙?

*2:「文法が定義されていない」…… 希頂維基シディンウィキに「希顶语本身是未完成的人工语言,因为虽有语音和词汇,但语法缺乏定义(=希頂語は未完成の人工言語である。なぜなら、音韻と語彙はあるが、文法の定義を欠いている)」とある。

*3:「今知られる希頂語」…… 黄氏は今の希頂語の在り方を割と受け入れているようで、希頂シディン社区コミュニティによる同人誌『希頂学通訊』にも寄稿したりして何かいろいろやっているようだ。